最後の3週間
題の通り最後の3週間である。今まで働いて生き残ることに必死だったが、ラッキーなことに最後の最後に余裕が出来た。泣いても笑っても3週間。先週楽しみつくすと決意した通り、濃い1週間だった。というわけで。
Lightmanの1週間
月曜日
町の北部、フィルトンまで大雨の中自転車を駆る。エアロスペースブリストル、航空機の博物館へ行くためだ。かのマッハ旅客機、コンコルドを見ることが目的だった。入場料は£17。これまた名前印字で一年間有効。
驚いたのは大きく2つ。創業者が最初に作ったのは飛行機ではなく電車だったということ、そしてブリストルがイングランドでも有数の工業の拠点だったということだ。創業者は最初に市電を作りその駅を作る過程で空の駅を作りたいと思うようになったということだった。なんというか異分野だからこそ参入の腰が軽かったのだろうなと感心した。それを機にブリストルでは航空機メーカーが立ち上がり、スピットファイアを作ったスーパーマーリン社に匹敵する航空機メーカーとしてブリストルは先の二つの大戦にも飛行機を提供していた。そもそも渡英を決めるまで聞いたこともなかった名前の町がこんなに偉大だったとはまさに目から鱗である。
お目当てのコンコルドは別館に鎮座しており操縦席の他客席も入ることが出来、音速の旅行のために無駄をそぎ落とした様を見ることが出来た。社会科見学中のキッズ達もいて賑やかだった。
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火曜日
N爺と日帰り旅行。イングランドの最果てまでの旅だった。目的地は2つでUK版モンサンミッシェルことSt Michael's Mount、そしてLandsEndだ。どちらもコーンウォール:イングランドの南西部で、LandsEndに至っては名前同様地の果てであり海を越えた先はアメリカ大陸なのだ。元旦に九州最南端佐多岬や世界の時間の中心グリニッジに行くことからもわかる通り、特異点フェチの僕がこれを目指さない理由はなかった。
St Michael's Mountは陸地近くにある小さな小島だが、干潮の間だけ遊歩道が現れる。着いた時には既に歩道が出ていて、しかも昨日の大雨からは考えられない快晴。冬季休業中のため島の施設はすべてしまっていたが、本来であれば城や庭を巡ることが出来るそうだ。しかし遊歩道を渡って島を渡ること自体が神秘的で興奮した。
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因みにLandsEndは佐多岬に商業施設を足したような具合だった。お土産屋や博物館、映画館を備えていたが映画館は閉鎖。人も少なかった。普通に石碑とかだけ置いていればいいのになんだか寂れている感があった。しかもよりにもよってついた時だけ大雨に大風。しかしアメニモマケズカゼニモマケズ、地の果ての碑の前まで行って自撮りした。人生で初めて大西洋を見た。こうして僕の大西洋バージンはコーンウォールに散ったのであった。
水曜日
Deep clean。帰国も近いので大掃除をした。でギターとローラースケートを売りに質屋に行った。持って帰るには荷物になるし、日本に戻っても入手可能だからだ。この国は基本セカンドハンドショップ(所謂チャリテイーショップ)に寄付するか、質屋に売ってお金にするしかない。筆者は日本で家を引き払う際、某セカンドハンドショップにいろいろ売った結果40点以上売ったにもかかわらず買い取り額が1万円を超えなかった。
期待はしていなかったものの物は試しやと思い売ってみた。合わせて£180の品。只より高ければいいぐらいのスタンスでいたが結果は£70 。予想をはるかに上回る結果だった。値段交渉もできるし日本の質屋より明るい雰囲気だし、使いやすかった。免許証を持っていたのでスムーズに使えた。
木曜日
昼は最後のG活。というのもやっていた家の壁紙はがしが終わりを迎えたからだ。仕事を貰えて凄く有難いという気持ちと達成感、そして今後訪れる理由がなくなるという寂しさがあった。残念ながら新しい内装になるのは僕が帰国した後なので、完成を見れないことが心残りだ。しかし色々話をしながら仕事をした時間はとてもいいものだったと思う。
金曜日
朝7時に郵便局に荷物の受け取りに行く。この国の郵便局の朝は早い。開店が7時、閉店が14時だ。因みにバレンタインデーだったので受付嬢にハッピーバレンタインの挨拶をし一言。No money, No horny. めっちゃウケてた。
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受け取ったのはまたもや時計。ついに200メーター防水・自動巻き(若しくはクオーツ)・夜光・24時間表記のフルコンボを見つけたので迷わず購入。しかもお値段£88 。スペックに対して非常に安価と言わざるを得ない。因みに以前買った24時間表記時計は手動巻きで、なんだか知らんが偶に止まるし正確ではない。今回の品に期待である。
最後に
帰国後の予定も決まりつつある。行ってらっしゃいと送ってくれた皆が「帰ってくるなら会おう」といってくれるのは本当に有難い。
来週もこの調子で。